2018年 09月 01日 ( 1 )

思い出

本日は仕事。
天気は相変わらず不安定です。朝から曇りがちで、たまに晴れ間も見える感じ。それが夕方になると一昨日、昨日と同様に大荒れの天気に。(汗
予報では降水確率が40%ぐらいだったのでスクーターで行こうかとおもいましたけど、ここ数日の荒れ具合を考慮してシイナ号で行きました。案の定、帰る頃には土砂降り。車でよかった。

特にネタはないの在庫の写真。
先日、Vespa PX125 Euro3で銚子へ行った時の図。濡れせんで有名な銚子電鉄の終点、外川駅。レトロな雰囲気ですなぁ。何回か書きましたけど、わたくしは遥か昔、小学3年生のころまで住んでおりました。>銚子
今でも腑に落ちないのは、当時の銚子市の小学校って自転車が免許制だったんですよ。それも3年生になるまでは受験資格がないという。幼稚園以下にはそういう制限がなく、小さい自転車でそこら中を自由に走り回れたんですけど、小学校に上がると自転車にのれなくなっちゃう。今はもちろん、当時も不合理な制度と感じておりました。
法的な強制力はないので無視して乗っちゃえば良いわけですけれども、そこはお子様ですから、周りの目が気になってそこまで思い切ったことはできないんですねぇ、これが。w
見つかると周り中から「いーけないんだ、いけないんだ!」って囃し立てられますしね。今だったらむしろわざと見つかるように乗って、見つかったら「君たちも乗りたまえ。」とか言って悪の道に引きずり込みますけどね。で、後で先生に告げ口する。w

今思うと、あの3年間に自転車に乗れなかったことが、乗り物を操縦するというセンスの発達を阻害したような気がしてなりません。まともに乗れていれば今よりもっと車や二輪車の運転が上手くなっていたかもしれないのになぁ。orz

というわけで、どこかへ出かける分別がある程度身についたころには自転車に乗れず、ほとんど徒歩で市内のあちこちへ行ったもんです。で、たまにはこの銚子電鉄の電車にも乗りました。まあ親といっしょの時の方が多かったですけど。電車に乗ること自体が楽しかったのを覚えてます。
この電車にも乗ったはず・・・と思って中に入って見ましたらば、車内の様子は確かに見覚えがあります。特に運転台と客室を仕切っている手すりのパイプに見覚えがある。よくその手すりにつかまって運転の様子を見ていましたよ。あと床にひいた油の匂いとか。とても懐かしい。
現在は観光用に小綺麗にされてますけど当時はボロボロで、もっとそっけない見た目でした。路線には線路わきスレスレに家が建っていたりする、独特の雰囲気は今でも残ってますけど、駅舎(外川駅は例外)とかにはあまり面影はないですね。今では観光目的で乗る人ばっかりでしょうから、レトロっぽい雰囲気を売りにしているんでしょうな。わたくしがかつて乗っていた銚子電鉄はガチでレトロでした。思い出してみれば薄汚いだけでしたけどね。w

右側にあるスクーター(ラビットかシルバーピジョン。たぶんラビット。)は郵政仕様ですなぁ。これは記憶にないなぁ。60年代後半にはすでにスーパーカブ全盛になっており、この手の日本オリジナルのクラシックなスクーターはあまり見かけなかったですね。もちろん今よりは走っていて、珍しいというほどの存在ではありませんでしたけど、実用車としては現役から外れかけていた印象。なので郵政仕様のラビットは記憶にない。
犬吠埼の灯台の前には大型のオートバイ(1970年ごろだからCB750Fourとかマッハ500SSとかか。)がたむろしておりましたけど、そこにもスクーターは見かけなかった記憶。もはや終わった存在だったんでしょう。>スクーター

ラビットやシルバーピジョンが60年代後半に生産終了になって、最後の個体も70年代から80年代にかけてほぼ絶滅してしまいました。スクーターが日の目を見るのは1980年のホンダ・タクト、もしくは1977年のヤマハ・パッソルだそうです。実はわたくしが最初に乗った二輪車はホンダ・タクトでございます。そして現在はスクーターとしてはヤマハ・パッソルと同時期に発売されたラージ・ベスパの末裔のPX125 Euro3に乗っていると。

by namatee_namatee | 2018-09-01 22:01 | motorcycle | Comments(2)