2018年 05月 10日 ( 1 )

渋い


Twitter方面から「オタクはパブリック・エネミー」というネタが流れてまいりました。「公共の敵」とは穏やかじゃないね。w
この系統のネタの流れをよく把握していないんですけど、比較的最近「かつてオタク弾圧があった」などという話を読んでいたので、そちらからの流れなのかなぁと思っておりました。が、どうもフェミニズムとかそっちとの関連があるようで、そりゃ面倒くさいということで(ry

1989年の「連続幼女誘拐殺人事件」、その後に起きた「有害コミック騒動」の影響による「オタク迫害のようなもの」をうっすらと記憶しております。オタクのお前は迫害を受けた当事者じゃなかったのか?と言われそうですけど、当時は「オタク」じゃなかったんですよ。w
当時もエロ漫画は好きでしたから、まあ隠れオタクみたいなもんでしょうけど、今と違ってそういうことは人に明かすことはなかったのでした。創作活動をされていた方々は大変だったという話を聞きますけど、わたくしのように受け止めるだけの者は特に影響は感じなかったんですよ。
あ、でも思い出した。唯登詩樹先生の「ヨーロッパの印象 」という作品があるんですけど、これが「くりいむレモン」の系統のOVAになったんですよ。ところが前述の「連続幼女誘拐殺人事件」と「有害コミック騒動」のおかげで発売延期だか内容が改変されただかしたというのはありました。>ヨーロッパの印象
この手としてはとても洗練された印象的な作品だったんですけど、エロシーンがカットされたそうな。いやでも後に観た「ヨーロッパの印象」はちゃんと原作と同じようなエロシーンがあったような気がする。もしかすると最初はエロシーンカット版でリリースされてほとぼりが冷めてから完全版がでたのかも。>ヨーロッパの印象
まあ、そんなことはどうでも良い。一般人のわたくしには「オタク迫害」の影響はそのぐらいしか体感できなかったというわけです。

冒頭の「オタクはパブリック・エネミー」という話について。
まず、オタクの定義は「二次元児童ポルノ愛好者・オタクと称し団結・表現規制政策およびフェミニズムに対して組織的な闘争を展開する人々」ということらしいです。青地イザンベールまみ氏という方の定義らしいのですけど、そういうオタクはパブリックエネミー(公共の敵)であるということらしいです。青地イザンベールまみ氏は「オタクはパブリックエネミーとは言っていない。」と主張されていますけど、発言を遡って読んでみると事実上言ったのと同じと感じられます。「パブリックエネミーとは言ってないが公共の敵とは思っている」ぐらいな感じ。

書いていることから、自分たちを「公共」、ひいては正義と信じて疑っていないような雰囲気を感じて、そんなもんちゃんちゃらおかしいわ!と思わないこともありませんけど、わたくしの場合はそこはどうでも良いのでございます。
「オタク=二次元児童ポルノ愛好者・オタクと称し団結・表現規制政策およびフェミニズムに対して組織的な闘争を展開する人々」、ここがどうもピンとこない。わたくしなどより博識で社会的地位も経験もある方々がこうおっしゃられているので、それに対して異をとなえるのも勇気がいるんですけど、わたくしにはオタクってそういうものとは思えないんですよね。だって、いろんなジャンルに「オタク」は存在しますからねぇ。もっともそれは青地イザンベールまみ氏も承知の上のようで「二次元児童ポルノ愛好者・オタクと称し団結・表現規制政策およびフェミニズムに対して組織的な闘争を展開する人々」と限定されているのですけど、それならそれを「オタク」と呼ぶのはどうかな、と。

「オタク」という言葉には侮蔑の意があると思います。「蔑称」ってヤツですな。だから自分の主張や信条と対立している相手に対してそれを使うと、呼ばれた側が無駄にエキサイトすると思うんですよ。ちゃんと議論するのならそういう過激な表現をする必要はないと思うんですよね。わたくしはこの手の議論(特にフェミニズムが絡んでくる場合)には中立的な立場であろうと努めておりますけど、そういう人間に自分たちの主張がまっとうなものと思わせたいのなら、こういう表現は悪手と思います。
ちなみにわたくしがイロイロ考えた末の「オタク」(ふざけていう時ではなく、真剣にいう時の)の定義は「なんにつけてもその筋のマニアがその思い入れが高じてやらかした状態」というもの。マニアが社会や人に害をなす「状態」になると「オタク」と呼ばれるようになるんじゃないかと思う次第。「オタク」はそういう人種や集団があるわけではなく「状態」であるという説ですな。なのでオタク=悪です。その意味では「オタクはパブリック・エネミー」という主張に賛同しないわけでもない。w
まあ「オタク」が蔑称であるということについては、かつてメディアが面白がって作り出したことであるので、そのことそのものにはちょっと反発がないこともないんですけど、すでに世間に蔑称として認知されているのなら致し方ないということです。

というような話はこのネタの本質的なところとは関係ないはず。本題はフェミニズム方面から発した表現規制とか女性の性的モノ化とか、そういうものなんでしょう。どう考えてもわたくしのガラではありませんな。w
そういえば、この件に関したツイートで女性の性的モノ化についての論文?資料?みたいなものがありまして、その一節にいたく感心しました。
江口聡さんという方の「「性的モノ化」再訪」という文章なんですけど、その中の「3.5 どれでも同じ?」内の

ジンバルドーは、現代ネット社会において、数多くの(モテない/消極的な) 男性たちが毎週相当の時間を
ポルノを探してネットサーフィンして時間と金を浪費していることを危惧している。しかし、代替可能な単な
る性的なモノなのであれば、どれでも同じではないだろうか?なぜ彼らは延々サーフするのか? 答えは、お
そらく、ポルノ的表現にもその対象にも質の違いがあるからである。彼らはよりよい対象、モノを求めてサー
フするのであり、その費す時間の巨大さを考えれば、「貶めている」という表現が適切であるか疑問ではない
だろうか。視聴者・愛好者は、むしろ、最新のポルノに登場する人物たちの性的な魅力に圧倒され搾取されて
いるとさえ言えるかもしれない。

この部分。ご覧の通り、かたい文章なんですけど、腹抱えて笑いました。
ポルノが女性をモノとして貶めているという主張に対して、それを好む人々は多大なエネルギーをつぎ込んでより良いものを追求するのだから、貶めるどころか十分に評価し対価を払っているという意。w
他にも腑に落ちる部分がありまして、大変勉強になりました。こちらから読めますので、興味がある方はどうぞ。この手の文章でこんなに一生懸命読んで納得したのは初めてですよ。w

とまあ、そういう柄にもない話はここまでにして。
わたくしが「パブリック・エネミー」と聞いてまず思い浮かぶのはこの図のこの方。広江礼威先生の「BLACK LAGOON」、「Goat, Jihad, Rock'N Roll」に登場するタケナカ氏。60年代の学生運動から赤軍派に転じて、海外でテロ活動をする人物。ロックと実に味わい深い会話をかわします。

「・・・あんちゃん、俺はな。人民総決起、世界同時革命、そういうもんに全部を懸けて、日本を出てきたのさ。意思と目的がありゃ、負けとは言えねぇよ。」
渋い、渋すぎる。

by namatee_namatee | 2018-05-10 22:41 | diary? | Comments(4)