2016年 04月 27日 ( 1 )

記憶

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どうも生煮えなんですけど、他にネタもないので。(汗

「ヨコハマ買い出し紀行」第8巻第71話「谷の道」より。最後のページ。これは「夕凪の時代」の「道志みち(R413)」のようです。「夕凪の時代」の「道志みち」はあちこちに崩落の跡があり、車で通るのは不可能な状態で徒歩の道になっているので谷間をくねくねと曲がりくねっております。その曲がりくねった道沿いに提灯があって、それが図の蛇行した光りの並びというわけ。
対して、夜になると光り出す「街路灯の木」は、かつての道路にそって生えているのだそうで、まっすぐ続いているのがそれ。

このネタにはいくつか疑問点というか興味深いところがありまして、まずはこの第71話が描かれた、もしくは芦奈野先生が考えていた時期の「道志みち」はどんな様子だったのかというもの。わたくしが学生だった時分(今から30年ぐらい前。1980年代中盤)の「道志みち」は狭くて、車同士のすれ違いも苦労するようなところが残っていた道でした。このお話でアルファさんが言っているように確かに国道20号線を通るよりは富士山への近道ではあるんですけれども、いかんせん道が狭い場所が多くて時間的なメリットは微妙だったと記憶しております。
その後、「道志みち」はどんどん道が良くなりまして、今では普通の田舎道といった風情になっております。もはやすれ違いに苦労するような狭い場所はありませんな。GoogleMapのストリートビューで確認してみると、かつての旧道が残っているのが確認できます。よくもまあ、こんなに狭い国道があったもんだと感心するような狭ーい道なんですよね。>旧道

4/28訂正:
「道志みち」が国道になったのは1982年のことだそうなので、旧道が国道だったことはないですね。なので国道なのに狭いという上記の表現は不適当です。訂正いたします。(汗

この第71話が描かれたのは2000年ごろだと思われますので、すでに道は広くなっていた可能性が高い。街路灯みたいな木が示すかつての道はまっすぐで、たぶん広くなった後の「道志みち」をたどっているのだろうなと思います。
それに対して、あちこち崩落した岩石があってまっすぐには進めない「夕凪の時代」の「道志みち」は皮肉にも、かつての狭い山道だった「道志みち」の跡をたどっているようにも見えます。芦奈野先生が旧道を意識したのかどうかはわかりませんけど、時代が逆転しているみたいで面白いですね。

もう一つは「道の記憶」とはなにか、ということ。「ヨコハマ買い出し紀行」の世界ではこの通り、普通に道の記憶というものが出てくるわけですけど、それは一体なんなのか?ということですね。いろんな考え方がありそうで、これというのは難しいことですけど、作中に繰り返し出てくるわけですので、なんとか共通の認識はできないものかなぁ、と思います。
実はこのネタが煮えてないんですよね。はっきりさせなければならない点がはっきりできない。w
なので、以降は煮えきらずまとまらないのを承知の上でお読みくださいませ。(汗

「ヨコハマ買い出し紀行」の物語を通して、人の住んでいた記憶とか、この「道の記憶」とか、そういったものがあるというのは普通のことのようです。ただし、最初の頃はあまり見られず、後半になるに従ってネタにされることが多くなっていく。それはこの手の「記憶」の場所には「人型きのこ」や「街路灯の木」があるということなっており、それらが数多く描かれたのが後半になってからということがありますね。

で、その「記憶」とはなんなのか、です。そこを通ったり生活していた「人間」の記憶なんでしょうか。それとも道路や交差点という、生物ではないものの記憶ということなんでしょうか。三浦半島からヨコハマまでの道は人もほとんど通らないのに消えないという表現があり、これも一種の「道の記憶」なんだろうと思うんですけど、この場合は道の存在そのものが「記憶」を表していることになります。では「人型キノコ」や「街路灯の木」はなぜあるのか。人の手が入った湧き水なら、利用する人もいなくなったのにそれが存在するだけで十分に人がいた記憶なんじゃないのかと思うわけですね。それなのにそこには「人型きのこ」がある。これは何を意味するのか。

もうひとつ。仮に「記憶」がその場所にいた人間のものだとして、それはいつの時代の人間のものなのかということ。「夕凪の時代」以前なのか、「夕凪の時代」になってからなのか。この「道志みち」の場合は「夕凪の時代」以前の道沿いに「街路灯の木」が生えているわけですので、その記憶というものも「夕凪の時代」以前のものでしょう。となると、その他のきのこの類も「夕凪の時代」以前の人の記憶という可能性が高い。これはある意味、「夕凪の時代」とそれ以前で明確に線を引くことになります。「夕凪の時代」の人の記憶は「人型キノコ」や「街路灯の木」によって未来に残されることはない。もしかして、それを担うのがロボットの人なのかなぁ。
さらに、前述の通り、物語がすすむにつれて「人型キノコ」も「街路灯の木」も珍しいものではなくなっていきます。どんどん増えて行く。これも謎。「夕凪の時代」になってからだいぶ経つのに、そのタイミングで出現して数が増えて行くというのはなんでだろ?と。

これを考えてると一晩中寝られなくなっちゃう。w
なんかうまいことスッと腑に落ちる見解はないものですかねぇ。
by namatee_namatee | 2016-04-27 22:16 | book | Comments(14)