2017年 04月 16日 ( 1 )

休養日



昨日の影響でだるい。orz
しかも昨日の段階ですでに持病の膝痛があったので、機動力の面でかなり制限をかけてました。それは膝には優しかったかもしれませんけど、他の部位にストレスがいったようで腰とか背中とか痛いのなんのって。歳はとりたくないのぅ。orz
機動力の制限の内容としては「走らない」「(中腰などの)無理な姿勢をとらない」でした。棒立ちなので、遠くまで良く見えるものの、敵からも良く見えるようですぐにやられます。なので、敵の弾が飛んでくる前に当てる、殺られる前に殺る、実にわたくしの好みなシチュエーションで燃えましたねぇ。w
それは良いとして、無理な姿勢をとらないというのもまた無理な力が体の各所にかかるんだなぁと。

といったわけで、特に何もせずにgdgdして過ごしました。>本日
なにかと極東情勢が緊迫してきているので、この機を逃さずに嫁さんが借りてきた「シン・ゴジラ」を観る。w
平時よりも臨場感があって盛り上がります。前評判では政府を始めとした日本の組織(と構成する人達)の動きにリアリティがあるということでしたけど、まあ映画らしい盛り上がり優先なところもあって、期待はずれ・・・ではなく、逆に安心しました。わたくしの狭い知見でいくと「日本沈没」に同じ匂いを感じました。いやそんなことより怪獣怖いってんだよ。orz
映画館で観なくて本当によかった。わたしゃ本当に怪獣苦手なんですよ。あまりに怖いので怪獣が出てくるとすぐに脳内で「マイティレディ」とか「ファントムガール」を呼んで討伐してもらう(討伐されちゃう場合の方が多いかも。w)わけですけれども、まあわたくしはそういうスーパーヒロイン・巨大ヒロイン好きの「変態」なので(ry

図はそういうことには全く関係ない。「シン・ゴジラ」とほんのちょっとだけのつながりで電車ネタ。
見ての通り、みんな大好き大洗の「大洗磯前神社」でございます。これがなんなのかというと、かつて存在した「水浜電車」の大洗駅があったところなのであります。図の右側、今では駐車場になっている広場が大洗駅だったそうで。
かつては納豆帝国の首都、水戸にも路面電車が走っておりました。それが「水浜電車」で、開業は1922年、廃止されたのは1966年、もはや51年前には廃止されていたわけで、すでに記憶の彼方と言っても良いシロモノではあります。いくら交通手段が限られる時代だったとはいえ、広からぬ水戸市内だけで路線が維持できたのかと思われるでしょうけれども、実は路面電車でありながら路線は大洗まであったんですよ。1930年には那珂川を越えて那珂湊まで延伸されておりました。今の海門橋のあるところより、わずかに河口よりのところに先代の海門橋があり、道路と鉄道が共用の橋でした。が、1938年に水害で流失してしまって、那珂湊側への路線はなくなってしまいます。
その後、大洗までの路線として存在したわけですけれども、さすがのわたくしも記憶にはありません。一応、存在するうちに生まれてはおりましたけどね。小学校低学年の頃、短い期間だけ水戸の小学校へ通学していたことがありまして、その時に街中に線路の跡があったのは覚えております。レールはなくてバラストっていうんですか、線路の下の砕石の路床は残ってました。路面電車なのは街中の一部区間だけで、郊外では普通の鉄道のような路線だったんですよ。>水浜電車
普通の路線といっても、人家の軒先すれすれを走っていたようで、それは今に残る写真で確認できます。その様子はこちらのページが画像が多くてオススメです。大洗駅の様子もありますね。
今でいうと、濡れ煎で有名な銚子電鉄が近いイメージでしょうか。銚子電鉄は路面電車の区間はありませんけど、水浜線も郊外では似たような感じだったでしょう。

ちなみに「ガールズ&パンツァー劇場版」で、学園艦を追い出された大洗女子学園の面々がバスに乗って上岡小学校に移動するシーン、あのバスは茨城交通、通称「茨交」のバスなんですけど、その「茨交」の前身が「水浜電車」でした。そのせいか「茨交」のバス路線も「水浜線」の路線をなぞっているような感があります。

などと、本当にどうでも良いネタでお送りしました。w

by namatee_namatee | 2017-04-16 21:39 | diary? | Comments(7)