2014年 03月 29日 ( 1 )

バイブル

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調べ物をするために開いた「HEKIRU FILE」の図。
これ、写真集のように見えますが、中身はこの通り、びっしりと文字で埋め尽くされているのだ。あ、写真もありますけどね。
すでに何度もネタにしておりますが、ここのところのレスの流れで改めてネタにしようかと。あ、本日は仕事でネタが見つからないのと関係がなくもないです。

さて、一般的な椎名へきるという人のイメージはどんなものか。

・「アーティスト宣言」でファンの大半を失った
・声優から歌手への転身に失敗した

こういったところが代表でしょうかね。いやわたくしはそういう決めつけをここに書くこと自体が誤解を生む原因になりかねないということも意識はしておりますが、書かないと本日のネタが埋まりませんので。w

レスの方でも書きましたが、生まれてこのかた、これほど他人について興味と関心を持ったことはありません。>椎名さん
誇張ではなく嫁さんのことよりもよっぽど興味と関心がありますね。ただし、それは「椎名へきる」という歌い手もしくは声優あるいはキャラクターとしての存在についてであって、リアルな女性としての興味と関心ではありませんので誤解無きよう。婚約を発表したり、本当の歳は4(ryだと公言したり、スキャンダラスな写真が出回ったりしても、そういうプライベートな部分については特に興味はない。いや、全くなくはないですが、だからといってなにか行動を起こすことはありませぬ。

さて、上記の2点については嘘っぱちです。w
これらの説になんら裏付けはありませんし、起きた事象を時系列で並べれば一発で適当なことをまことしやかに並べ立てただけということが分かっちゃいます。
「アーティスト宣言」についてはすでにお腹いっぱいになるぐらいに何度も書きましたので、もう良いですね。簡単に言うとそもそも「アーティスト宣言」なんてなかったし、仮にあったとしてもファンが離れたのは(そんなことで離れていくような人々を果たしてファンと呼んで良いのかどうかはさておき。)その時期ではないということ。

二番目の声優から歌手への転身については、最初のアルバム「Shiena」を出すころから、そういった構想はあったそうです(実際には両立は無理という判断なので、この時点ではどちらかというと音楽活動に重きを置くという方針。)。そもそもオリジナルアルバムを出すということ自体が歌い手さんとしての資格十分じゃないですか。まあ「Shiena」の頃は椎名さん本人に歌い手という意識が希薄なところも散見される(ないわけではない)のですが、それでもそれまでのキャラソンとオリジナルのアルバムを出すということの違いについて認識があったと言ってますし、次のアルバム「Respiration」はわずか8ヶ月後にリリースされており(今では考えられませんな。)、その頃には歌い手としての自覚はそれなりにあったと言っております。

その後の隆盛はご存知の通り。あの文字通りの伝説の「STARTING LEGEND'97 With a Will」で日本武道館のチケットを5分で完売して翌日は追加公演、これを歌い手として成功といわずしてなんというのか。F1GPのモナコGPで優勝したレーサーが、レーサーになる前にスキーをやっていたから、その成績はスキーヤーとしてのもので、F1ドライバーとしてのものではない、とでも言うのかと。w
その年、1997年は32公演して10万人(推計)を超える動員数でしたし、この頃からもう十分に歌い手さんだったんですよ。そうでないという人が居るなら、この数字をどう説明するのか聞いてみたいですね。繰り返しますが日本武道館でコンサートを成功させて年間10万人をライブで動員出来る歌を歌う人が歌手でないと?
椎名さんは1997年の時点で超一流の歌い手(少なくとも成績の面では)さんだったんですよ。

人気に陰りが見えた(これも異論があるんですが、ここでは置いておくとして)のはもっとずっと後、ライブの年間動員数が3万人を切る2004年以降の話。仮に人気がなくなったとしてもそれは歌い手としての話です。だから転身に失敗もヘチマもあるかい。バーカバーカ。w
百歩譲って、ロックに傾倒して初期の音楽性から大きく方向転換したのと2004年以降の不振を結びつけてそれを転身に失敗したというにしても、それはアーティストとしては仕方のないことではないかと。それは非難されることではないでしょう。

そういったガセネタはとにかく、わたくしが腑に落ちない点がいくつかあるんですね。一つは上記の声優活動から歌い手としての活動に重心を移していく時にどうやって心の整理をつけたのか。そこら辺もこの「HEKIRU FILE」にいろいろ書いてはあります。だがしかし、わたくしの身にしみての納得はできませぬ。比較的すんなりと移行していっちゃうんですよね。実は同時にロックにハマり始めていくんですが、これも理由が良くわかりません。これがもう一つの腑に落ちない点。

ここら辺の話を「HEKIRU FILE」から要約すると、椎名さんは声優さんですからキャラソンは演技の一環として、そのキャラになり切って歌うので問題はない。でもオリジナルのアルバムを出すとなると、これは自分を表現することそのものなのでどうしたら良いか分からなくて辛かったと。だが周りがお膳立てしてくれてそれに抗えないでいるうちに、しっかり歌い手としての覚悟と自覚が出来て、自分にかけられた期待に応えていこう、応えていかなければならないんだ、みたいな心境の変化だったと。

実は今でもこのスタンスは変わっていないように見えます。このインタビュー当時(2004年ごろ。もう10年前だ。)に比べても、もちろん最盛期と比べても、ライブの動員人数やアルバム/シングルの売り上げは大幅に縮小してしまいましたが、それでも応援してくれているファンがいる限りは活動を続けていきたいというようなことを言いますからね。

ロックに傾倒し始める件についてはマネージャーの車の中でB’zを聞いたのが始まりみたいなことを言ってます。これも結構あっさりと書いてあるんですが、それで実際にB’zの関係者と繋がることが出来て、自分の音楽に影響を反映させられるというのは大変恵まれた環境ですねぇと言う感じ。

「HEKIRU FILE」のインタビューではこういったことが淡々と語られています。これがあまりに淡々と語られ過ぎていて物足りない。w
詳細に語ってはいるんです。歌い手の仕事がどんどん増えて、本来やりたかった声優の仕事がままならくて辛かったとか。ここら辺、実は椎名さんは歌を歌う声優ではなかったということが良くわかる重要な話。歌を歌っているときの椎名さんは声優ではなく、歌い手だったんですよ。
それはそれ。しかし椎名さん自身の性格に基づく行動の原因みたいなことについては、ほとんど語られてないんですよ。ただそうだった、と言っているだけなのがほとんどなんです。なんでそう行動し始めたかについては曖昧なんです。そこら辺が物足りない気がする。

で、いろいろ考えてみたんですが、もしかして椎名さんという人はそういう人なんじゃないかと。w
なにか行動を起こす時に主体的ではない。その代わり始めちゃったらやり遂げようとする強靭な意思はあった。あと広くいろんなものに(例えばロック)興味をもつセンスと、それを自分の中に取り込んで表現する手段と環境を持っていた。
どの範囲までをそう呼んで良いのか分からないんですが、支えた関係者、スタッフと一体になってこそ、椎名へきるという歌い手は成立していたのではないかと。大きな変化を起こすことは苦手でも、小さな変化を積み上げてスタッフと一緒に結果的に大きな方向転換をしてきたのではないかと思います。

関係者とファンや観客を結びつける触媒みたいな存在とでも言いますか。だから、個別の要素、例えば歌唱力wとかルックス、演技力wは大した事無いように見えるのに、存在として極めて魅力的に映るんじゃないかと思うんですよ。あのライブで歌う椎名さんとバンドのメンバーあと観客、これらがセットになって表現される空間が椎名へきるの世界。
どうもわたくしはそういう世界にはまり込んでしまったようです。w

しかし万人にこれを読めとは言えぬ。w
この「HEKIRU FILE」は1と2があるんですが、どちらも読むと非常に疲れる。特に内容が濃いというわけでもないんですが、大げさに言うと謎につつまれていた部分についての公式な見解のまとまりですから、うかつに読み間違うことが出来ないと感じ、真剣に読んじゃいます。正直、調べ物で必要な箇所を拾い読みするだけでお腹いっぱい。実は未だに全ての記事を読み通してなかったりします。w
by namatee_namatee | 2014-03-29 22:54 | music | Comments(8)