我が生涯に一片の悔い無し>大げさw


写真のネタがないので昨日の在庫から。14mm側(35mm換算28mm相当)で撮ったものですけど、7mm側に比べると常識的な感じになりますなぁ。これでも広角は広角なんですけどね。
やっぱり空の描写が好ましい。

通勤の時に昨日の椎名さんの「みたいラジオ」を聴いておりまして、今回はアニソンシンガーのLiSAさんがゲストでした。そっちの音楽にはほとんど興味がないのですけれども、現在のメインストリームではあると思われるので、その第一人者のLiSAさんのお話は興味深くお聴きしました。椎名さんがHR/HM寄りの嗜好ならばLiSAさんはパンキッシュだとか、もう表現からして興味深い。そうか、こういう傾向をパンキッシュっていうのかと、ちょっと表現の幅が広がった感すらあります。w

で、椎名さんが自身を「シーラカンス呼ばわり」していたのがツボで車のなかで大笑いする。これ、他人がいうと角が立つけど本人が言うなら仕方ない。w>シーラカンスとか太古の生き物
失礼ながら今の椎名さんを表現するのにピッタリと思いました。前にも書きました通り、椎名さんのライブの雰囲気やファンは、声優さんが本格的にライブやコンサートを演り、アルバムやシングルを出すようになった、その黎明の頃の色合いを強く残していると思うからです。よく考えてみればこれはなかなか大したことで、当の本人もファンも当時のままで現役という。もちろん椎名さんの声も歌唱力wも変化しましたし楽曲も増えた。でもかつての映像などを観て今のライブに行くと、そのスピリッツみたいなものはずっと続いているのがわかります。最初はわからなかったんですけどね。w
楽曲と椎名さんの歌声とライブの雰囲気を楽しむ余裕ができた最近になって、ライブ映像との共通点が見えてまいりました。実際は自分には縁がなかった世界なわけですけれども、擬似的に当時の雰囲気を味わえる気がしてとても幸せです。

いやぁ本当に椎名さんのファンになってよかったと思うんですよ。

by namatee_namatee | 2017-02-27 22:18 | music | Comments(21)
Commented by colonel-mogy0079 at 2017-02-28 12:05
確かに。
ライブの雰囲気は変わってないですね。
MCはこんなにグダグダじゃなかったと思いますがw

LiSAさんという人は可愛いし、歌もうまいし、なんですけど、他のアニソンの人と何か決定的に差別化できる個性があるかというと、私にはわかりません。まぁここから先の話はいつもと同じ流れになると思うので割愛します。
ライブに行ったりしたら印象変わるのかもしれませんけどね。
Commented by namatee_namatee at 2017-02-28 12:45
>colonel-mogy0079さま
「ファストミュージック」についても書こうかと思いましたけど、下手するとLiSAさんを侮辱する方向へ誤解が進む可能性があったのでやめました。発信する側は、すくなくともアーティスト本人はファストミュージックだとは思っていないはずですから。なのでこのエントリーは変に短いのです。w
Commented by フラフープ at 2017-02-28 12:48 x
言い得て妙。w >シーラカンス
流行り廃りは繰り返すと言いますし、案外へきるさんの人気は盛り返すんじゃないかな、などと夢想してみる今日この頃です。でも、本人がもう少しがっついてくれないとなー。

まだこの前のラジオ聞いてないや。radiko最高。w
Commented by namatee_namatee at 2017-02-28 13:09
>フラフープさま
時代の違いってのがあると思いますね。どんどん消費されていく音楽にはなじまないでしょう。>椎名さん
林原さんも初ライブとか言ってますし、リバイバルブーム(ちょっと失礼か)とか、現在の音楽に対する反動とか、そういう動きはあるかも・・・
Commented by フラフープ at 2017-02-28 23:18 x
音楽とかテレビ関係は疎いのですが、90年代の音楽も、どんどん消費されていくものが多かったような気がします(小室哲哉あたりが典型?)。今はもっと多いと思いますか?
Commented by colonel-mogy0079 at 2017-02-28 23:49
フラフープさん>
お言葉ですが、小室サウンドは結構名曲揃い。
そういう時代だと言えばそれまでですが、やはり曲がいいからミリオンセールが連発されたといっても過言ではない。
歌ってる人が違うだけでなく、その人の個性に合わせた曲作りをしていたので、曲もバラエティーに富んでいました。
私の個人的感想ですけど、最近は、ボカロにしてもアニソンにしても、個性を消す方向に寄ってる気がします。

すこし話がずれますが、へきるさんの持ち歌で木根さんの曲は時々TMネットワークらしい曲、アレンジがあって、TM好きだった僕には嬉しいです。


Commented by フラフープ at 2017-03-01 06:45 x
>ころねるさん
疎いくせに固有名詞を引き合いに出したのは、ファンの方に失礼でした。m(__)m
僕の中で「小室哲哉」と言えばglobeとtrfで、両者の違いが未だに分からなくて。決してバカにしているわけでも嫌っているわけでもないのですが。
Commented by namatee_namatee at 2017-03-01 08:09
>フラフープさま
音楽関係に疎いことにかけてはわたくしも負けません。w

時代・環境が違うとしか言えませんね。皆さん音楽にお金を払う余裕があったし、音楽に対する旧来の価値観も根強かった。その時代にヒットした楽曲と現在の楽曲が同じ基準で語れるのかとなると・・・

そのトレンドを作った最初のアーティストさんはその時点では個性的なんだと思うんですよ。昨今はさまざまな動き・流れが速く、モラル的にも同じ方向を目指すことに躊躇しない傾向を感じますので、すぐにフォロワーが現れて、全体としては個性を消す方向に向かっているように見えるのかな、と。
売れるんなら売れるうちに売れるだけ売っておけ、みたいな使い捨てっぽい感じも受けますけど。(汗
Commented by colonel-mogy0079 at 2017-03-01 12:10
フラフープさん>
別に熱烈なファンと言うわけではないのでお気になさらず。なまさんの仰るように始めにやった人というのは大きいかと思います。
だから椎名へきるは偉大なんだな。
うまくまとまったw
それこそ、LiSAさんあたりがカバーしてくれても面白いと思うなぁ。名曲揃いなんだから。
Commented by フラフープ at 2017-03-01 21:09 x
音楽に限らず、いろいろなジャンルで細分化が進んでいるみたいに感じられます。国民的に何かが爆発的にヒットする下地は、もう失われてしまったのでしょうか。ちょっと淋しい気もしますね。

ところで、皆さんライブの翌日は仕事ですか?
Commented by namatee_namatee at 2017-03-01 22:09
>フラフープさま
「下地」とは何かということを具体的にお聞きしたいですね。「失われてしまった下地」とは何をさすのですか?
その言い回しに興味があります。ぜひお聞かせください。

ライブの翌日はお休みにする予定です。まだ有給の申請してませんけど。w
Commented by フラフープ at 2017-03-03 01:13 x
また鋭く突っ込んで来るんだから。w

強いて言うなら「皆が同じ方向を向いて同じものを強く欲した状態」とでも言いますか。>下地
娯楽に飢えていた時代は、音楽にせよ小説にせよ、人々の注目がそこに集まっていました。その中で優れた作品があれば、それは高い確率でヒットしたことでしょう。
でも今は、供給者が増えたばかりか、(音楽や小説といったジャンルへの)需要そのものが減ってますよね。娯楽は多様化しているし、ネットまであるのだから無理もないですけど。アニメやゲームといった限定されたジャンルさえ多様化して、昔ほどの熱量で一つの作品に入れ込む人も少なくなりましたよね。
ファッションとか車とか、そういう意味では経緯がよく似たジャンルがたくさんありそうですねぇ。w

答えになってましたかね?

Commented by namatee_namatee at 2017-03-03 13:38
>フラフープさま
なんていうか、フラフープさんは90年代から2000年代初頭の音楽シーンwをうまく表す言葉を持っているのかと思ったので。
わたくしとしては単純に情報を得る手段が増えて、「もともとあった」人々の趣向が当然のように多様化しただけだと思っていたので、フラフープさんのレスを読むところでは、そうでないなにか共通の条件・下地があったのかと思いました。

90年代~のお話なので「娯楽に飢えていた」という認識は賛同しかねます。w
今ほど多様化してはいなかったものの、飢えない程度に娯楽はありましたし、娯楽を楽しむための原資であるお金も持ってましたよ。下手すると今よりお金はあったかも。
ネットについては誤解があるようです。ネットそのものは情報の伝達手段のひとつにすぎないんじゃないでしょうか。YouTubeやニコ動であるアニメ作品を観るのと地上波TVで観るので、アニメ作品を楽しむという点において本質的な違いはないですよね。
「掲示板」というものは90年代にもありました。パソ通なので一般的とはいいかねましたけど。w
人と文字でコミュニケーションする喜び自体はネット以前からありまして、書簡のやり取りとか雑誌の投稿欄とか・・・

手段が多くなる=多様化したという意見には賛成です。ようするに入れ込む対象が多様化し、その代わり小粒になったんじゃないかと思うんですよ。だからでかいヒットは出辛くなったし、それを逆手に取った手法も現れた。そんなところだと思っているんですけど、どうでしょう?
Commented by フラフープ at 2017-03-05 17:22 x
なもん持ってません。w>うまく表す言葉
単に言い方と受け取り方の問題であって、僕となまさんの意見は(この件に関しては)一致しています。

「娯楽に飢えていた時代は~」は、90年代が娯楽の黎明期であったという意味ではなく、娯楽は一般に細分化する傾向がある、と言いたいがために黎明期(ジャンルによって具体的な年代は異なる)の状況を引き合いに出したのです。
そして、90年代は「娯楽」というくくりでは多様化していたと思いますが、その中の「アイドル声優」というジャンルは黎明期にあったと思います。でも供給が増えて多様化して(ry
あと、ここで僕がいう「ネット」というのは、情報伝達手段のことではなく、ネットサーフィンとかそういうもののつもりで言っています。要するに、いわゆるオタクが情熱と時間を注ぎ込む先として、多様化した娯楽やネットサーフィン(これも娯楽に含めるべきでした)を挙げることで、需要が減った話を補足しているのです。さらに、ファッションとか車も似たようなもんでしょ、娯楽が細分化することなんて珍しくもないよね、と。w

本当は、下地(供給が少なくて飢えている状態)が失われたことについては、淋しくも感じています。
Commented by namatee_namatee at 2017-03-05 21:55
>フラフープさま
「アイドル声優」を娯楽の一部門?ジャンル?と捉えるのはどうなんでしょうね。わたくしにはちょっと違和感があります。
いうまでもなくすでに「アイドル」も「声優」も存在しましたけど、その2つをくっつけた「アイドル声優」なるものは本当に存在したのか?みたいなことをいまさらながら言いたくなりますね。w

多様化したという点において、フラフープさんとわたくしの意見が一致していることは認めます。w
ただ、「ファッションとか車も似たようなもんでしょ」と簡単に言ってのけてしまうのには、特に車については異論があります。

それはそれとして、多様化が我々の側から起きたのか、あるいは供給する側から起きたのかも考察に値する問題だと思うんですよ。「鶏が先か卵が先か」みたいな話なんですけど、需要と供給の関係を作り出したのは誰なのか、ここがポイント。
Commented by フラフープ at 2017-03-06 01:44 x
車とファッションについて、軽視するような表現であったことをお詫びします。単に「情熱を注ぎ込む対象が増えたために需要が減った」ことをアイドル声優との類似点、共通点と見ていることを言いたかったのです。

卵と鶏の喩え話ですが、僕は需要が先と考えます。
なまさんも言われたとおり、「もともとあった」趣向(需要)が顕在化したのが現在の姿だと思います。もちろん、顕在化するには供給者が必要ですが、その供給は需要ありきのはずです。需要を的確に見抜いた供給者だけが残った、とも言えます。
「こんな需要もあるんじゃないか」なんて考えて供給したものの需要がなく、時代の徒花と散ったものも多かったことでしょう。ストーリー性とバトル要素を盛り込んだレズ漫画とか、その典型例と言えますね。w
結局、需要なき供給は消え去るのが自然の流れであり、(需給関係を)供給側が作り出すことは、資本主義が健全に機能している社会ではありえないはず。もちろん、投下資本の回収を度外視するケースは別ですよ?オーナーの帰りを待って喫茶店の営業を続ける場合とか、その典型(ry

なまさんは、別の考察もあり得ると?>需給関係
Commented by namatee_namatee at 2017-03-06 07:29
>フラフープさま
いやいや、フラフープさんが特定の趣味や事柄を軽視するようなキャラじゃないのはわかってますし、これはある意味アカデミックな議論なので、内容について謝罪など必要ないです。ただ、意見の異なる相手を説得するのに使うには悪手だな、と思っただけです。

>こんな需要もあるんじゃないか」なんて考えて供給したものの需要がなく(ry
それは供給側が何かのもくろみを試行したということなので、「供給」が先にあったということになりませんか?
「アイドル声優」に関して言うと「声優」と「アイドル」はすでに存在して、その2つを結びつけて新しい流れを作ろうとした人がいたのではないでしょうか。つまりすでにある要素から「アイディア」を思いつき、それを「企画」として実行しようとした人々がいたということじゃないですかね。
「需要」はありました。でも、それは十人十色で人によって少しずつ、あるいは大きく異なるものでしょう。それを最大公約数的に受け止める「何か」が現れて、そこにみんなが少しずつ妥協しながら乗っかっていく、こんな感じなんじゃないかと思うんですよ。その「何か」は仕掛ける人が作ったと考えております。
Commented by namatee_namatee at 2017-03-06 07:29
「黄色魔術オリエンタルガール」に関して何か言いたそうですけど、あれは2つの点で事情が違います。
1つは掲載誌の「COMICパピポ」の性格。ある程度自由に描ける雑誌だったそうで、あぐだ先生のお話でも制約が少なく好き勝手に描けたとのことです。なので「黄色魔術オリエンタルガール」はあぐだ先生の頭の中にある何かが(ただし、あぐだ先生の頭の中がアレだけとは言えない)相当に生のまま絵になっている作品だと思いますよ。なので「需要」に配慮していたかというと、それはかなり優先順位は低かったのではないでしょうか。強いて言うなら「COMICパピポ」にとって「完顔阿骨打」というネームバリューに需要はあったかも。
2つめは上で「少しずつ妥協しながら」と書きましたけど、わたくしは「黄色魔術オリエンタルガール」に関してはそのような我慢しなければならない点がほとんどありません。w
あれはわたくしの妄想がほぼ完全に作品になっているものです。なのでちょっと特殊な作品であり、このような議論での例には不適当です。

何かを仕掛けたり作ったりする人がいて、それに乗っかる人がいてブームやムーブメントになる。それがわかりやすかった時代は過ぎ去り、現代は何かを仕掛けたり作り出す人が固定されなくて、旧来の所属の方々に加え、我々のような一般人wでも何かを作り出すことができるようになりました。それが多様性なんだと思うしだいでございます。
Commented by フラフープ at 2017-03-06 20:38 x
「供給しても需要がなかった」場合、たしかに供給が先になりますが、なまさんの言う「需要と供給の関係を作り出した」ことにはならないと考えます。

余談ですが、オリエンタルガールは僕の言う「時代の徒花」には合致しないとしても「採算を度外視した供給」には合致するので、(文脈は違っても)やはり例には挙がってしまいますよ。orz

要するに、ただ単に「あった」のは需要側が先ですが、そこから最大公約数を抽出して「ムーブメントに仕立てた」のは供給側が先だった、わけですね。

どんだけ暇なんですか僕らは。w
Commented by namatee_namatee at 2017-03-06 21:56
>フラフープさま
>「供給しても需要がなかった」場合、たしかに供給が先になりますが、なまさんの言う「需要と供給の関係を作り出した」ことにはならないと考えます。
その理由を書かないとこの議論の意味がありません。

わたくしが言いたいのは「需要と供給の関係を作り出したのは誰なのか」です。「誰なのか」が重要。「声優アイドル」でも「声優アーティスト」でも、そのブームとかムーブメント?は誰が作ったのか。我々(当時のわたくしは無関係でしたけど。w)が作ったのか、それとも誰かが仕掛けたのか。余計な要素をとりはらって突き詰めると、これに関するフラフープさんの意見が聞きたいです。

「黄色魔術オリエンタルガール」に関して、そんなに完全に「採算を度外視した供給」と言い切れる理由は?
あぐだ先生でなく、出版社であるフランス書院の立場から見てみたらどうでしょう。
一応、商業誌に掲載された作品ではあるので、内容はあぐだ先生の妄想全開wでも、フランス書院としては「採算を度外視」していたかどうかはわかりませんよ。なので「強いて言えば「完顔阿骨打」というネームバリューに需要があったかも」と申し上げました。
いやしかし、採算を度外視していた可能性もあります。そういう性格の雑誌であったそうですし。でも商業誌ではある。「需要に対する配慮」「採算を度外視した供給」、これらがあったともなかったとも言えそうです。
いずれにせよ、わたくしは「黄色魔術オリエンタルガール」はかなり特殊な作品だと考えており、このような議論に例として引き合いに出すのには反対です。
Commented by namatee_namatee at 2017-03-06 21:56
話を戻して。
「需要」はあった。でも、それは具体的でなく、なんかモヤっとしたものに過ぎなかった。そこへビジネスチャンスを狙っている人々が、いくつかのプランを提示していくと、その中であるパターンがモヤっとした「需要」に最大公約数的に合致してヒットする。
現在はその提示されるプランを提示する側が従来のプロフェッショナルの人々だけでなく、より多くの一般の人々も含まれるようになり(テクノロジーの進化によって)、結果的にパターンが細分化していき、それに合致する「需要」もまた細分化して多様化した。こんなところじゃないかと思います。
で、具体的でない「需要」について、どうこう言っても、それは言葉で表現できません。それはもう娯楽に対する人間の欲求みたいなもので、普遍的に存在するものだと思います。それを「具体化」したのが誰だったのか、あるいは今は誰なのか、これがこのネタのキモで、わたくしはそれについての意見が聞きたいなぁと。
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