記憶

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どうも生煮えなんですけど、他にネタもないので。(汗

「ヨコハマ買い出し紀行」第8巻第71話「谷の道」より。最後のページ。これは「夕凪の時代」の「道志みち(R413)」のようです。「夕凪の時代」の「道志みち」はあちこちに崩落の跡があり、車で通るのは不可能な状態で徒歩の道になっているので谷間をくねくねと曲がりくねっております。その曲がりくねった道沿いに提灯があって、それが図の蛇行した光りの並びというわけ。
対して、夜になると光り出す「街路灯の木」は、かつての道路にそって生えているのだそうで、まっすぐ続いているのがそれ。

このネタにはいくつか疑問点というか興味深いところがありまして、まずはこの第71話が描かれた、もしくは芦奈野先生が考えていた時期の「道志みち」はどんな様子だったのかというもの。わたくしが学生だった時分(今から30年ぐらい前。1980年代中盤)の「道志みち」は狭くて、車同士のすれ違いも苦労するようなところが残っていた道でした。このお話でアルファさんが言っているように確かに国道20号線を通るよりは富士山への近道ではあるんですけれども、いかんせん道が狭い場所が多くて時間的なメリットは微妙だったと記憶しております。
その後、「道志みち」はどんどん道が良くなりまして、今では普通の田舎道といった風情になっております。もはやすれ違いに苦労するような狭い場所はありませんな。GoogleMapのストリートビューで確認してみると、かつての旧道が残っているのが確認できます。よくもまあ、こんなに狭い国道があったもんだと感心するような狭ーい道なんですよね。>旧道

4/28訂正:
「道志みち」が国道になったのは1982年のことだそうなので、旧道が国道だったことはないですね。なので国道なのに狭いという上記の表現は不適当です。訂正いたします。(汗

この第71話が描かれたのは2000年ごろだと思われますので、すでに道は広くなっていた可能性が高い。街路灯みたいな木が示すかつての道はまっすぐで、たぶん広くなった後の「道志みち」をたどっているのだろうなと思います。
それに対して、あちこち崩落した岩石があってまっすぐには進めない「夕凪の時代」の「道志みち」は皮肉にも、かつての狭い山道だった「道志みち」の跡をたどっているようにも見えます。芦奈野先生が旧道を意識したのかどうかはわかりませんけど、時代が逆転しているみたいで面白いですね。

もう一つは「道の記憶」とはなにか、ということ。「ヨコハマ買い出し紀行」の世界ではこの通り、普通に道の記憶というものが出てくるわけですけど、それは一体なんなのか?ということですね。いろんな考え方がありそうで、これというのは難しいことですけど、作中に繰り返し出てくるわけですので、なんとか共通の認識はできないものかなぁ、と思います。
実はこのネタが煮えてないんですよね。はっきりさせなければならない点がはっきりできない。w
なので、以降は煮えきらずまとまらないのを承知の上でお読みくださいませ。(汗

「ヨコハマ買い出し紀行」の物語を通して、人の住んでいた記憶とか、この「道の記憶」とか、そういったものがあるというのは普通のことのようです。ただし、最初の頃はあまり見られず、後半になるに従ってネタにされることが多くなっていく。それはこの手の「記憶」の場所には「人型きのこ」や「街路灯の木」があるということなっており、それらが数多く描かれたのが後半になってからということがありますね。

で、その「記憶」とはなんなのか、です。そこを通ったり生活していた「人間」の記憶なんでしょうか。それとも道路や交差点という、生物ではないものの記憶ということなんでしょうか。三浦半島からヨコハマまでの道は人もほとんど通らないのに消えないという表現があり、これも一種の「道の記憶」なんだろうと思うんですけど、この場合は道の存在そのものが「記憶」を表していることになります。では「人型キノコ」や「街路灯の木」はなぜあるのか。人の手が入った湧き水なら、利用する人もいなくなったのにそれが存在するだけで十分に人がいた記憶なんじゃないのかと思うわけですね。それなのにそこには「人型きのこ」がある。これは何を意味するのか。

もうひとつ。仮に「記憶」がその場所にいた人間のものだとして、それはいつの時代の人間のものなのかということ。「夕凪の時代」以前なのか、「夕凪の時代」になってからなのか。この「道志みち」の場合は「夕凪の時代」以前の道沿いに「街路灯の木」が生えているわけですので、その記憶というものも「夕凪の時代」以前のものでしょう。となると、その他のきのこの類も「夕凪の時代」以前の人の記憶という可能性が高い。これはある意味、「夕凪の時代」とそれ以前で明確に線を引くことになります。「夕凪の時代」の人の記憶は「人型キノコ」や「街路灯の木」によって未来に残されることはない。もしかして、それを担うのがロボットの人なのかなぁ。
さらに、前述の通り、物語がすすむにつれて「人型キノコ」も「街路灯の木」も珍しいものではなくなっていきます。どんどん増えて行く。これも謎。「夕凪の時代」になってからだいぶ経つのに、そのタイミングで出現して数が増えて行くというのはなんでだろ?と。

これを考えてると一晩中寝られなくなっちゃう。w
なんかうまいことスッと腑に落ちる見解はないものですかねぇ。
by namatee_namatee | 2016-04-27 22:16 | book | Comments(14)
Commented by colonel-mogy0079 at 2016-04-28 02:16
そこまで深読みしたことが無かったです…
改めて読み返して見ようと思いますが。

道志の旧道ってどんな感じだったんでしょうか、
私は大学がそっち方面だったのですが、すでに私の学生時代(2000年前後)は、津久井から山中湖まで、今と同じ2車線道路になってたと記憶します。
Commented by namatee_namatee at 2016-04-28 08:05
>colonel-mogy0079さま
わたくしが山中湖へ行くのに通ったころはすでに2車線化が進んでいたと記憶しております。ただ、ところどころに狭い場所が残っていて大型車のすれ違いに苦労していたような気がします。ただ、工事中で片側交互通行だった可能性もあり、はっきりとしません。(汗

調べてみたら国道になったのは1982年だそうなので、わたくしが通ったのはその直後みたいですね。ネットの情報では山伏峠のあたりに旧道の面影があるそうですけど、わたくしが通ったころにはすでに現在の山伏トンネルが開通していたはずなので、知ったようなことを書きながら実はわたくしは道志みちの旧道はしらないような気がしてきました。(汗

それにしてもいかにも芦奈野先生がこだわりそうなネタだと思います。>道志みち
Commented by colonel-mogy0079 at 2016-04-28 08:47
>namatee_namatee様

私が感じていたより、namateeさん歳上でいらっしゃるんですね。
ちょっと意外でした。( ̄O ̄)
Commented by namatee_namatee at 2016-04-28 11:13
>colonel-mogy0079さま
1963年生まれです。おっさんですみません。w
1990年代は暗黒の時代で10年ほど無駄にした感があるので、今から取り戻そうと必死になっております。
Commented by ふき at 2016-04-28 11:50 x
■ なまさん

僕は(自分のサイトでもふれていますが)、街路樹や水神さまを形成しているのは、
「ビルキノコのある公園」を中心に見られる『特殊な土(石灰?)』ではないかと思っています。

流れとしては、こんな感じではないでしょうか?

●『富士山の頭頂部が消し飛ぶような世界規模の大地震によって、
 地中深くにあった「記憶を形にする特殊な土」が、ビルキノコの公園に露出した』

●『この土は、その場所に定着している形状や、人の記憶(思い出)を、
 形にしたり、同様の機能をまねることができる』

(その結果、土はあたかも街路樹や人「のように」ふるまうことができる)

●『この特性に着目した技術者によって、土は「ロボットの人の脳」として代用され、
 ロボットの人(A7)たちの開発が成功した』

(ただ、キノコをそのまま成長させたものが イコール「ロボットの人」というわけでは
 ないと思います。 成長に著しく時間がかかるようですから、登場時期が合いません。
 あくまで部分的なパーツとして使用されただけと見ています)

●『土はやがて、「わりと大きな川」などを経由することで、公園以外の場所にも広がっていった』

(記憶キノコが、水場の近くを中心に発見されているのは、そのためです。
 また、比較的最近のものしか形状化されていないのも、
 「噴火後」から、露出した土が活動を開始したと考えれば、ツジツマが合います)


いかがでしょう?(^^
Commented by namatee_namatee at 2016-04-28 15:55
>ふきさま
お忙しいところ、こんな戯言にお付き合いいただいて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。(汗

「人型キノコ」や「街路灯の木」と石灰についての関係は同感です。
そこからあとは・・・まだ考えがまとまっていないのですけれど、とりあえず現時点でのわたくしの考えは

・石灰の山がこれから「人型キノコ」などに成長するという考えではなく、あれは「人型キノコ」になれなかった残滓という印象です。
・石灰が自然に生成されたものという考えではなく、人工的に作られたものだと考えています。

この2点についてふきさんに同調するならば、おっしゃる考察に賛同いたします。
あ、石灰を用いたテクノロジーがロボットの人にも生かされているというのも同感です。技術的なブレークスルーのきっかけになったと思います。

人の記憶については、これまたまとまっていないのですけど、「人型キノコ」が「記憶」「思い出」を形として表すのならば、水神さま状のものが人の形をとり、さらに脳波もあるのはなぜかなぁ、というところです。
例えば刑部岬の「人型キノコ」は夕日を眺めていた人の気持ち(脳の状態)と姿をそのまま形にしたもの、という解釈で良いんでしょうか・・・
クエスチョンマーク状のものは、人の様子そのものを形にしたというよりは、もっと抽象的なその場所(例えば泉)に人々が寄せた思い出や想いを形にした?
それにしてはあの形では意味をなさないような気がします。触ったりすると、それが再生されるとかなんでしょうか。

もうちょっと考えないとダメです。これは手強いですね。(汗
Commented by ふき at 2016-04-29 00:16 x
■ なまさん

> 石灰の山がこれから「人型キノコ」などに成長するという考えではなく、
> あれは「人型キノコ」になれなかった残滓という印象です。

でも、そのすぐ横の「白い土盛り」は、クエスチョンマーク状のものが もう少し育ったもの…
と思えるため、やはりこれから「人型キノコ」になっていくのではないでしょうか?(^^

> 石灰が自然に生成されたものという考えではなく、人工的に作られたものだと考えています

この点は、僕も自分のサイトで書きましたが、「悩みどころ」ですよね。

全ては、『この公園のモデルとなった場所』 が判明したとき、
解き明かされるように予感しています。

> 例えば刑部岬の「人型キノコ」は夕日を眺めていた人の気持ち(脳の状態)と姿を
> そのまま形にしたもの、という解釈で良いんでしょうか・・・

僕は正確には、あのキノコを育む「土」自体が、
「脳波のようなもの」を持っているのだと思っています。
(あの土自体が、脳の部品のようなものと考えています)

だから変な話、「街灯を模した木」にも脳波があるのではないでしょうか?(笑)

ただそれは、あくまで「脳的な機能がある」というだけで、
「意思がある」というわけではない、と見ております。

『人間の感動』が、その場の地面にしみこみ、
それを形にすることができる不思議な土が、あの土なのではないでしょうか?

(ただ、なぜ「街灯」が生えてくるのかは、僕も明確には理解できていません。
 街灯(光)は、感動を受けた側ではなく、生物に感動を与える「源」のほうだからです。
 街灯植物はやっぱり、キノコとは無関係なのだろうか…??)

> クエスチョンマーク状のものは、人の様子そのものを形にしたというよりは、
> もっと抽象的なその場所(例えば泉)に人々が寄せた思い出や想いを形にした?

クエスチョンマーク状のキノコは、上でも書きましたが、
「水神さまの成長過程」なのではないでしょうか?

それを読者に推測させるために、すぐ横に「もう少し水神さまに近い」
白い土盛りを、芦奈野先生は描いたのだと思っています。(^^
Commented by namatee_namatee at 2016-04-30 06:35
>ふきさま
人型キノコは育つのかという疑問もあったりします。w
「?」マーク状の個体がやがて女性や子供の姿になるとして、その間の過程はどうなのか・・・石灰から育つとして、発芽?した後、まずは「?」の形でだんだん大きくなっていき、ある時点でいきなり「?」から人の形になるのか。例によって作中で一切触れられていないことなんですけど、なんとなく時間の経過具合と照らし合わせると成長が遅いというよりは、いきなり生えてきてそのままの形で発見されているような気がするんです。根拠がないのですけど・・・

実は例の公園を探しているときに、条件の一つとして考えていたのが「石灰」を産出する土地というのがありまして、その地域の鉱山や工場の跡地などを探していました。なので公園が見つかると何か進展があるというのには同感です。

Commented by ふき at 2016-04-30 22:14 x
■ なまさん

> 人型キノコは育つのかという疑問もあったりします。w

僕は「育つ」と見ています。(^^

というのも、103話で「?マークのキノコ」が出た時点では、
読者にはまったく関連が分からなかったものが、

106話で再登場したときは、アヤセも同じものを「キノコビルの公園」で目撃し、
さらにすぐ隣には「水神さまと?マークの中間を思わせるキノコ」が隣接している…

これはもう芦奈野先生の、「ね、つまりそういう事なんですよw」という
お声が聞こえてきそうなほど、露骨な描写だと思えるのです。

> 実は例の公園を探しているときに、条件の一つとして考えていたのが
> 「石灰」を産出する土地というのがありまして

自分も同じです。(^^

「石灰のような」ではなく、「ズバリ石灰」なのではないかと考え、
「カルスト」関連の場所をいつくか(山口・愛媛・高知など)チェックしたのですが…

「これだ!」という風景には出会えませんでした(泣)
Commented by namatee_namatee at 2016-05-02 09:18
>ふきさま
育ちますか。>人型キノコ
判断不能だったのですけど、ふきさんの主張は納得がいきます。育つ、ということで。

>石灰
それで最初に秩父方面を調べたんですけど・・・なかなか簡単には行きません。(汗
わたくしはあの公園の周りが工場の跡地(高台にあって平たい開けた土地という条件で)みたいな感じを受けました。

育つといえば「カルスト」は一番近い感じですよね。鍾乳洞と人型キノコは地上と環境は違えど育つとすればなにか共通するものがあります。
Commented by ふき at 2016-05-02 10:25 x
■ なまさん
> 育ちますか。>人型キノコ

育つと思います。(^^

でないと、直後にアヤセの見た「白い土盛り」が物語的に宙ブラリンになりますし、
アヤセ自身、あの?マークの植物を、最初は「人形」と感じたようですから、
?マークもまた「人の姿を感じさせるもの」なのでしょう。


あと、?マークが最初に登場した 103話の、キノコをよく見てみると、
下向きで分かりづらいですが「目をつぶったような線」が両側に描かれています。

?マークの下腹部が太って、もう少し正面(上)を向くようになってくると、
『白い土盛り』になり、それがやがて「水神さま」になるのでしょうね。(^^

(もちろん、そうした変化を人間が実感するには、かなりの年月が必要と思われます。
 作中でも、「?マーク(芽) ⇒ 白い土盛り ⇒ 水神さま」の
 明確な変化が描写されたケースは1件もありませんし、
 水神さまの林を管理しているおじいさんも、「見つかってから全く変化が無い」
 と語っていることからも間違いないのではないでしょうか?)
Commented by namatee_namatee at 2016-05-02 20:57
>ふきさま
103話の人型キノコ、確かに細い目のような線がありますけど、わたくしはあのままずっと同じ姿なのかとも思ってました。w

ちょっと確認なんですけど、「?マーク」で発芽して、一度土盛り(石灰の山)になってから人型に成長するとお考えですか?
わたくしの想像では順番が違って、土盛りから「?」になって人型という成長順だったんですけど、それだと形の連続性みたいなものが繋がらないというか違和感があるんです。それで成長するかどうかについて半信半疑だったんですけど、その順番が違うということにならばかなりすっきりするんです。w
Commented by ふき at 2016-05-02 23:06 x
■ なまさん
> わたくしの想像では順番が違って、
> 土盛りから「?」になって人型という成長順だったんですけど、
> それだと形の連続性みたいなものが繋がらないというか違和感があるんです。

僕は、「? → 土盛り → 水神さま」だと思っています。(^^

理由は至極単純(笑)で、
「土盛り」が「? と 水神さま の中間のような姿をしているから」です。


?は、「植物の芽」を意識して、あのように描かれているのではないでしょうか?

最初に頭でっかちなものが、時間を経るにしたがって台形になるというのは、
それだけ聞くと不自然にも思えますが、

ドッシリと太い大木(あれも、縦に長い台形と考えられます)も、
最初は頭でっかちな「芽」から始まっていることを考えれば、
「植物としては」決してレアケースではないと思うのです。(^^
Commented by namatee_namatee at 2016-05-03 18:40
>ふきさま
その着眼点がありませんでした。>形
先入観で土盛りから生えてくると思い込んでいました。順番が変われば形の違和感もすっきりと収まりますね。なるほど。

「?」マークが植物の芽というのも同感です。
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