妄想100%

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「ヨコハマ買い出し紀行」新装版第3巻第30話「カフェ アルファ」より。

休み明けはネタが(ry
もちろん筋肉痛です。そればかりじゃなく、転んだときに強打した胸が痛い。肋骨にヒビいったかな?w
嘘です。たぶん打撲。いずれにせよ、これは放っておけば治るので心配なし。それより、SPAS12のストックがもげたのが痛い。打撲や骨のヒビは放っておけば自然に治癒しますけど、鉄砲はそうはいきません。しかもSPAS12のストックはK.T.W.さんの絶版の奴だ。orz

それはそれ。本日のネタはわたくしの妄想というか思いつき100%です。裏付けや証拠はまったくありませんので、その点をご了承ください。w

井上成美氏という方がおられましてね。日本海軍最後の大将として有名ですね。「艦これ」のおかげで知名度も上がっていることでしょう。いやいや「艦これ」が流行らなくても、もともと有名な方です。
この方がいなかったら、太平洋戦争は1945年9月に終わらず、本土決戦になっていたかもしれません。そうなると、わたくしなどは生まれてこなかったかもしれず、さらにいうなら、何十年もゲリラ戦が続いたり、ドイツのように国が二分されたりと、想像するだに恐ろしい事態が起きた可能性がありますね。

わたくし個人の所感ですけれども、第二次世界大戦に突入したときの日本の首脳部はどうしようもないと思いますけど、敗戦時の指導部は上記のような最悪の事態はギリギリで回避したということで(史上初の核攻撃を受けてしまいましたけど)、よくやったなぁ、と思います。よく日本は戦の終わり方が下手だとか言われますけど、わたくしとしては本当にギリギリですけど及第点だったと思ってます。

井上成美氏は「珊瑚海海戦」の時の第四艦隊司令長官(中将)で、史上初の空母機動部隊同士の海戦を指揮したんですけど、この海戦は太平洋戦争で日本の最初の戦略的な意味での負け戦で、井上中将には厳しい批判があったそうです。寄せ集めの空母機動部隊で姿がまったく見えない敵と戦った海戦を「戦術的には」勝ったわけですから、今から見ればそんなに悪い指揮とも思えないんですけどね。
日本海軍はこの海戦で損害の大きかった瑞鶴と翔鶴を後方に下げちゃって、対照的に修理に3ヶ月はかかるはずのヨークタウンを3日で戦場に叩き込んだ米海軍に次のミッドウェーで大変な目に遭わされるわけですけど、まあいろいろ無理が表に出始めた作戦だったのでしょうねぇ。

本題はそこじゃない。井上成美氏について詳しくはWikipediaでも見ていただきたい。w
その井上成美氏の住居の話です。横須賀市長井に自宅があるそうなんですよ。現在は「井上成美記念館」(詳細は後述)として現存(ただし閉館)しております。

横須賀市長井といえば「ヨコハマ買い出し紀行」の最終話1つ手前、第139話「夕凪通信」でアルファさんがカメラを空に放り投げるシーンの場所、あれが長井の飛行場の側かもしれないと言われております。今ではソレイユの丘と言われる一帯ですかね。
前々からカフェアルファについては引っかかっていたことがありまして、それは図のとおり「昔の米軍住宅風白ペンキの家」という描写。
カフェアルファの場所については「黒崎の鼻」というのが有力な説で、まあわたくしもそうであろうな、とは思っております。正直、厳密な場所を特定する現地系の考察は苦手でして、考察されている方の意見を読んで、納得しちゃうレベルであります。(汗
それでも仮に「黒崎の鼻」に「カフェアルファ」があるとすれば、なぜ「昔の米軍住宅風白ペンキの家」なんだろ?とは思っておりました。「黒崎の鼻」になにか米軍の関係者の住む場所があったのかな?ぐらいに思っていたんですけど、よく考えてみたら別荘地なんですよね。そんなところに米軍住宅があるのは変だな、と。
これが長井飛行場の近くならすっきりと収まります。「長井ハウス」と呼ばれたそのものずばり、米軍の住宅があったんですよ。「カフェアルファ」はその中の取り残された一軒を初瀬野先生が購入して改造したもの、ということですっきりと・・・そうはいくかい。w

長井飛行場は1985年に日本に返還されたそうで、「長井ハウス」はその後すっかり取り壊されて更地になってしまったようです。なので1994年に第0話が始まった「ヨコハマ買い出し紀行」と結びつけるのは無理がある。
わずかな可能性として返還から9年後まで住宅が残っていたかも。もっとも芦奈野先生が「ヨコハマ買い出し紀行」の構想を練っていたのはもっと前でしょうから、残っていた可能性は多少は高まりますかね。

前述のとおり、わたくしは場所についての厳密な考察は苦手でして、芦奈野先生は黒崎の鼻とか三戸の丘(@ふき氏)とか、あとはこの長井のあたりをミックスしたイメージで「カフェアルファ」を描いたのかな、ぐらいに思っております。

さて、ここで「井上成美記念館」を見てみましょう。こちらがわかりやすいかな。
なんかこれ、「カフェアルファ」に似てない?(マルコ風味で)

そうか、芦奈野先生は「井上成美記念館」をモデルに「カフェアルファ」を描いたんだ・・・って、そうはいくかい。w
大体が井上成美氏がここに家を建てたのは1934年です。戦前ですから米軍住宅風もへったくれもない。しかも現在の「井上成美記念館」は2000年ごろに改築された(いつ改築されたのかは調べきれませんでした)もので、「ヨコハマ買い出し紀行」の連載開始よりも後にこの姿になったのです。なので全然関係ないですね。
いやまあ、海に面した崖の上に建っているそうなので、ロケーションは参考にした可能性はあります。
あとは芦奈野先生は日本海軍についての知識は十分にお持ちのはずなので、井上成美氏の自宅がここにあったことを知らなかったはずはなく、なんらかのインスピレーションの元になった可能性はなくはないとは思いますね。

かつてのオリジナルの「井上邸」はこんな感じ。「カフェアルファ」には全然似てませんなぁ。
ということは、「井上成美記念館」として改築するときに、「カフェアルファ」を参考にしたのかも。・・・飛躍しすぎです。w

といった感じで妄想100%でお送りしました。w
by namatee_namatee | 2015-06-08 21:26 | book | Comments(12)
Commented by フラフープ at 2015-06-09 20:02 x
あの辺りは米軍基地が近いので、井上記念館でなくとも、ああいう建物があった可能性はあるかもですよ。namateeさんの夢、カフェアルファ再現の資料には事欠きませんね。w
Commented by uwabaminoago at 2015-06-09 20:50
はじめまして。当方、神奈川在住のヨコハマファンの者です。なまさんのブログはトイガンのお話等も含め、いつも楽しく拝見しております。深いご考察の数々にも毎度、感嘆させていただいております。さて、今回、コメントを投稿させていただいたのは、他でもない、「井上成美氏と芦奈野先生」の関係について、なまさんが言及されたからです。私事になりますが、一昨日、ふとしたきっかけで読んだ、「三浦半島の史跡みち(鈴木かほる著 かまくら春秋社出版)」という本の中に井上氏の邸宅が記念館になっているという記述があったのです。私も井上氏の邸宅が長井にあったのは以前から存じていました。しかし、現在も残っているということは本書を読んで初めて知ったのです。それならば、もしかしたら、芦奈野先生も氏の邸宅に行ったことがあるのではないかと、そして、作品に何らかの形で描写されているのではないか、とふと思ったのです。そして、その矢先になまさんのこのお話!ということであまりの偶然に思わず我を忘れてキーボードをたたいてしまいました(笑)長文乱文失礼いたします。また、当方、重度の機械音痴のため、改行等ができていなかったらもうしわけありません。これからも楽しく読ませていただきます。



         
Commented by namatee_namatee at 2015-06-09 22:45
>フラフープさま
長井のあたりをカフェアルファのある場所だという説もあって、建物に関してはすうきりと納まるんですけど、小網代の入江から遠いのが問題でして。わたくしとしてはやっぱり黒崎の鼻か三戸の丘だと思うんですよ。

カフェアルファ再現は場所は決まっているんですけど、先立つものが(ry
Commented by namatee_namatee at 2015-06-09 23:03
>uwabaminoagoさま
いらっしゃいませ。
このような妄想におつきあいいただき光栄です。(汗

おそらく、ほぼ間違いなく、芦奈野先生は井上成美記念館(もしくは前身の井上邸)に行ったことがあると思います。アルファさんに烈風の略符号をつけるぐらいですから、日本海軍の有名な提督である井上成美氏を知らないわけはなく、しかも芦奈野先生の出身地の近所のはず。これだけ条件が揃って訪れたことがない方が変だと思います。w
本文に書いた通り、どちらがどちらをモデルにしたのかは妄想の域をでませんけれども、芦奈野先生のインスピレーションの元になった可能性は高いと考えております。>井上成美記念館

さらに暴走すると井上成美氏と初瀬野先生のイメージが被ってきたりします。著名な軍人で娘さんと2人で隠棲生活をしながら近所の人に英語を教えていた井上氏、なんの先生だかわかりませんけど先生と呼ばれアルファさんと2人暮らしのオーナー。しかも井上氏はギターとか琴を弾きこなし、初瀬野先生は月琴と、こじ付ける気になるといくらでもこじつける事ができそうです。w
Commented by uwabaminoago at 2015-06-10 10:03 x
なんと、そこまで考えられましたか!調べてみると井上氏の晩年と芦奈野先生の幼年期は重なりがあるので、もしかしたら会いにいったこともあったかもしれませんね。井上氏は航空論者でもあったわけですし。
Commented by フラフープ at 2015-06-10 12:47 x
井上提督のイメージが初瀬野先生のモデルに使われているとしたら、先生は実はロボットの人開発に反対の立場だった、なんて無責任な想像で遊ぶこともできますね。w

なんだかすごい人が加わってきましたね。かなりお好きみたいですし、神奈川在住とか、ポイント高いじゃないですか。ふきさんも喜びますね。
僕自身は高度な自説を持ち合わせていませんが、皆さんの議論を楽しみにしています。
Commented by uwabaminoago at 2015-06-10 18:19 x
横須賀に縁のある人物としては坂本龍馬の妻、お龍(坂本龍子)も有名ですよね。晩年を横須賀市で過ごし、没後は同市大津町の信楽寺に葬られました。ちなみに、墓石は龍馬が日本海軍のいわば創始者の一人であったこともあり、海軍工廠のドック建設用の石を寄贈されたものだそうです。ご存知かもしれませんが、彼女は月琴の名手であったようですよ。アルファさんと月琴の関係は、ここから生まれたのかもしれませんね。ブログ内容とはずれてしまいました(汗)
Commented by namatee_namatee at 2015-06-10 18:49
>uwabaminoagoさま
芦奈野先生が海軍好きらしいというところから、こじつけていったネタです。
この手のネタは裏付けが必要ない(しようがない)ので楽で良いです。w

井上氏は芦奈野先生が12歳ぐらいまで存命だったはずなので、本当に面識があったかもしれません。>井上氏と芦奈野先生
艦載機の話とかしてくれたんでしょうか。大人がうかつな事を聞くとものすごい勢いで怒られそうですけど、少年だったらいろいろ話してくれたかもしれません。妄想はどこまでも広がります。w

>月琴
今でこそ、なんだかよく分からない楽器とされておりますが、明治大正のころまではかなりポピュラーな楽器だったとききます。お龍さんのお話もききますね。さすがにそこまでいくと飛躍しすぎな感がありますけど。w
Commented by namatee_namatee at 2015-06-10 18:53
>フラフープさま
ロボットの人開発には絶対に軍がからんでます。
それに反発して子海石先生はロボットの人開発から身を引いたんです。そして後に不本意ながらA7M1のアルファー室長を引き取り、軍や政府の身勝手から引き離される・・・妄想は続くよ、どこまでも。w
Commented by ふき at 2015-06-13 01:23 x
■ なまさん(1/2)

ヨコハマの現地系考察ということ…
ぜひ お話にまぜてくださいね。(^^


> 長井飛行場は1985年に日本に返還 ~
> なので1994年に第0話が始まった「ヨコハマ買い出し紀行」と
> 結びつけるのは無理がある。

いえ、そうとは限りませんよ?(^^

というのも、どうも芦奈野先生は
「ご自身の過去の、思い出の風景」を織り込んで、
ヨコハマ世界を描いていらっしゃるようなのです。

(北の町の高台の公園は、昭和中期の姿を再現しているという話を、
 横須賀の方から うかがったこともあります)


ご自身の趣味である軍事関係ということもあり、
過去の地元の思い出の風景の中にあった「長井ハウス」などから、
初瀬野邸のデザインを得た部分も、あったのではないでしょうか?(^^
Commented by ふき at 2015-06-13 01:26 x
■ なまさん(2/2)

> 芦奈野先生は黒崎の鼻とか三戸の丘(@ふき氏)とか、
> あとはこの長井のあたりをミックスしたイメージで
> 「カフェアルファ」を描いたのかな、ぐらいに思っております。

やはり、その可能性が高そうですね…

第1話の見開きの情報をそのまま信用してしまうと、
カフェアルファからは 『北の大崩れ』(長者ヶ崎)が
見えることになりますが、

実際には黒崎・三戸からは、
北の大崩れは 「荒崎」にはばまれて目視できません。


逆に、北の大崩れを目視できるよう、
南のほうの「諸磯」まで行ってしまうと、
「小網代の入江」が遠くなったり、
第4話で海の彼方に見えている建物(油壺マリンパークではないかと思われます)
との方向的な矛盾が出てしまったりするのです。

(て、実は黒崎も、小網代からは1.5キロほど離れているのですが…(笑)
 それもあって僕は、「三戸の丘」を推しております(^^ )


すべての条件を満たす場所が存在しない以上、
「芦奈野先生の創作した風景である」という結論が、
どうも一番 確率が高いように思われます。

現地を愛する者としては、「1箇所として特定」 できないのは、
なんとも悔しい思いがするのですが…(苦笑)
Commented by namatee_namatee at 2015-06-13 12:16
>ふきさま
まぜるどころか、お待ちしておりました。w

この肝心要の「カフェ アルファ」のあるべき場所が確定できないというのも「ヨコハマ買い出し紀行」のなんとも味わい深い・・・現地考察の方にはもどかしいことなのは理解します。(汗

わたくしも小網代の入り江との距離から「三戸の丘」が場所としてはしっくりくるかな、と思います。「ミサゴ」の行動範囲がもっと広いとかになれば話は変わりますけど、それを証明する方法はなさそうですし。
あとは「北の大崩れ」を目視できることをどれだけ重視するか。こちらは実際に描かれているわけですから、そのままにとらえるべきなのでしょうけれども、いくつかの場所をミックスしたものであるという落としどころにするのならば、同様にその描かれているものも芦奈野先生のイメージであるとも言えるわけで、まあなんていうか、どう考えたらよいか悩みどころですね。この点、わたくしは思考停止状態です。(汗

>思い出の風景
これも同感です。今回のネタはそこまで盛り込むとあまりにも飛躍が過ぎると思ったので、その部分は避けました。w

注目したのは改築された「井上成美記念館」の外観で、張り出している部分があることなど、なんとなく「初瀬野邸」に雰囲気がにているなと思って調べたんですけど、直接の関連は証明できなかったというオチです。
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