難題

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あるものを文字で表すってのが難しい話。
わたくし、かつてパソコン通信のNIFTY-Serveというものにハマっていた時期がございまして、1994年ぐらいから2000年ぐらいまででしょうかね。時期的にPCのOSで言うとWindow 95とかMacだとSystem 7(わたくしとしては漢字Talkと言った方がすっきりくるんですけどw)のころですね。どちらもアレなOSでした。>遠い目

NIFTY-Serveにはフォーラムというものがありまして、なりたてのMacユーザー(当時はマカーなどという言葉はなかった)だったわたくしはMacビギナーズフォーラムいわゆるFMACBGを中心にオフ会などに参加しておりました。
当時はまだPCやネットの黎明期と言って良い時期で、当然、そこにいらっしゃるみなさんもそれなりにマニアックな方が多かったです。今の感覚に当てはめると、本来の意味での「ハッカー」とでもいうのがぴったり。
これが言葉の定義とでも言うんでしょうか、何かを表す単語の使い方に厳しいんですよ。例えばその「ハッカー」という言葉にしても、我々はうっかり「クラッカー」の意味で「ハッカー」を使ってしまうんですけど、そんなことを言うとすかさずツッコミが入ります。w
あとHDDの「パーティション」とか。これもうっかり「仕切り」の感覚で「パーテーション」と言ってしまうことがあるんですが、これもだいたい怒られましたね。w

おそらく、彼ら彼女らは言葉で伝えられることの限界を知っていたんでしょうなぁ。
NIFTY-Serveは今のネット環境とは違って、少なくともフォーラムの管理者(SYSOP)には本名は知られておりました。それでもなお、今で言うところの「荒らし」のような存在はあって、なんていうか人の業の深さのようなものを感じさせるんですけれども、それはそれ。
文字によるコミュニケーションの限界というか、ネットでのそういった経験をつんできた彼ら彼女らは単語や文字でなにかを表す時にはいい加減な使い方でなく、本来の正しい意味合いで使うことでトラブルのネタを少しでも減らすことができると知っていたのではないかなぁ、と。
もしくは研究者や学者の類の方が多かった印象もあるので、そういう方々特有の習性のようなものがあったのかも。
これがもう少し後の某巨大掲示板が盛り上がってくる頃になると、あえて言葉の誤用を推進するような文化が隆盛をきわめ、今に至ると。わたくし自身も2000年ごろから、インターネット環境が整ってくるのにつれて、NIFTY-Serveから遠ざかり、某巨大掲示板に入り浸ることに。もっともROMばっかりでなにか書くことはほとんどありませんでしたけど。

書きっぱなしであとはどうなっても知らん、という某巨大掲示板のようなところならいざ知らず、自分のブログで、しかも場合によっては微妙なネタを書くとなると、用語の定義(ちょっと大げさか)や誤用には気を使わざるをえませんね。
何かを表す言葉を正しく規定しないと、言いたいことが伝わらないとか誤解の元になるとか、トラブルの原因ですから。なので、できれば短い単語で代替えさせるようなことをせず、その都度、言葉を尽くして表現すれば良いのでしょうけど、それをやっていると文章量がハンパないことになってしまう上に、文章が冗長になって趣旨がつかめないという事態にもなりかねませんし。
なので短縮した?何かを表す言葉を使う時には、こういった意味であるということを述べて、誤解や行き違いを防止しようとしております。一応、そういう場合にはネット検索のレベルですけど調べたりはしているんですよ。ただ、必ずしも自分の言いたいことやニュアンスに検索して出てきた一般的な意味が合致するとは言えない場合もあるので、煩雑で冗長でも、とりあえずできる範囲で自分の意図することを説明するようにしております。読んでいる方は気がつかないかもしれませんけど。w

そして、そうやって誠意を尽くしているように見せかけて、そのことそのものをネタにしていることがあります。w
「歌唱力」のネタなんてその例ですね。「歌唱力」って本当はちゃんとした意味のあるものだと思います。ただ、言葉そのものに何かを測るような意味をもつものではなく、それを言う人の信頼度、例えば定評のあるクラシックの評論家の人とか、もちろんプロフェッショナルの人とか、そういう方の口から発せられることによって「歌唱力がある」という言葉は意味を持つのでしょう。つまり、適当な奴が言っても意味がない。効かない。w
そこら辺をかき回してみたのが「歌唱力」にまつわるネタです。
あと「アーティスト宣言」もそれに近いノリかな。w

だがしかし、本当に困ってしまうこともありまして。最近のネタだと「声オタ」とか。
「椎名へきる」という人に関する話題から言って、必ず触れなければならない言葉ではありますが、これがどういうものなのかが難しい。「〜オタ」という場合、大体は「蔑称」ですから、「声オタ」は良い意味で使われるものではないでしょう。「声優ファン」と言った場合はもう少し善良なイメージがあるような気がしますし、声優さんのファンということなら分かりやすいですよね。・・・よく考えてみたら椎名さんのファン(実はこのファンという言葉も規定が難しいんですけど)なわたくしも「声優ファン」の一人なんですなぁ。そう考えるとちょっと複雑な気がします。(汗
それはそれ。「声オタ」はそのままこうだ、と規定するのが難しいと思います。一般的に、アンチとしての悪行や、常軌を逸した行動とか、そういった面から「これだから声オタは」と前述の蔑称として使うことはあり、その場合は明確に規定できるんですけどね。
まあとにかく「蔑称」だと思うので説明なしにうかつに使うわけにはいきません。なので「声オタ」とか「声ヲタ」というときは断り書きがあったり、妙に腰が引けていたりします。w

曖昧なのに「蔑称」という、もつ意味は強く場合によっては重い言葉なので困ってしまいますね。>声オタ
いずれにせよ、こういった言葉は誰かがこうだと言っても、それを他の人が受け入れるとは限らず、使うときにその都度、こいういう意味もしくはここからここまでの範囲と規定しなければならないのかもしれません。面倒臭いですなぁ。(汗
by namatee_namatee | 2015-05-24 23:05 | diary? | Comments(5)
Commented by ふき at 2015-05-26 05:36 x
★お話からすると、なまさんご自身も
すでに長く発信サイドを体験されているようですので、
釈迦に説法になってしまうかもしれませんが…

たとえば自分の場合、

『主観と客観を明確にする』 ことを
可能なかぎり心がけています。


主観とは、「私は これが好き」 「私は こう考える」 であり、
客観とは、「多くの人は これが好き」 「多くの人は こう考える」 です。

ここを取り違えたり、
主観か客観かをアイマイにしたりしてしまうと、

「発信した本人と、それを読んだ人」の間に認識の差異が生まれ、
(書いた本人にとっては)予期せぬ反論を受けたりします。


★たとえば、食べものの話で、
『カレーライスは、世の中で一番おいしい食べ物です』 と言えば、

「いや、私は寿司のほうが好きですが?」などの反論を受けるのは、
「人にとっての一番が、人それぞれ違う」ことからも当然ですし、


たとえば、中国人や韓国人が
『日本人はアジアの嫌われ者www』 と主張すれば、

「アジアの一部地域でしか通用しない価値観・考えを、
 世界共通のそれと勘違いしている」中・韓国人は、
他国の人に首をかしげられたり失笑されたりしますよね。(^^
Commented by ふき at 2015-05-26 05:36 x
★ところが、それを以下のように書きかえてみたら、どうなるでしょう。

『私は、カレーライスは、世の中で一番おいしい食べ物だと思います』…

『私は、日本人はアジアの嫌われ者だと思っています』…


「私」という個人が、「個人的にこう思っていること」であり、

『決して、「大多数の人間の平均的な意見を代弁」したり、
 「大多数意見の傘に隠れて、自分の主張を正当化しよう」と
 しているのではない』

という点を明確にするのです。

(さらに、自分がそう思う論拠を、
 なんらかの 『客観的な事実』 から引用できれば、
 ほぼ 「的外れな反論」 が来ることは無くなるでしょう)


こうすることで、少なくとも、
自分のところに舞い込んでくる反論は、
「個々の意見の相違」 のみになるはずです。
Commented by ふき at 2015-05-26 05:37 x
★…と、どうしてこんなことを
あらためて書いてみたのかというと、

どうも 「僕自身が」 先日、
これに近いミスを犯したように、思えたからです。


僕が自サイトのほうにアップした
「新・Aタイプの歴史」 と 「アルファ室長とターポン (暫定)」は、

「長年、ヨコハマファンサイトなどにふれて、日常的に考察している者」
にとっては、常識的(客観的)な内容ばかりで構成されています。


ですが、なまさんのように、
比較的最近にヨコハマ考察の世界に入られた方にとっては、

「(僕個人の主観的な)意見だけを見せられた」ような代物に見え、

それで、いろいろな質問…

正確には、「僕ら、古くからの考察ファン」 にとっては、
「どうして こんな、(言い方は悪いですが)分かり切ったことを
あらためて聞かれるんだろう…??」 といった質問が
寄せられる形になったのだと思います。



つまり、僕自身が、
『そこそこの考察ファンなら、誰でもこれぐらいは知っていて当然』
という「客観」のレベルを見誤っていたわけです。

それで、「古い考察ファンの客観」が、
なまさんには「ふきさんの主観」に見えてしまったのではないか… と。

(ただ、なまさんの質問の切り口が 実に面白いものだった…

 すでに古参ファンにとっては常識でも、
 それをさらに掘り込むことができる良い質問だったので、
 それで「アルファ室長とターポン (暫定)」を追加しました。

 決して「分かり切った質問に対して、イヤイヤした回答」ではない
 ことだけは、念を押させていただきます)
Commented by ふき at 2015-05-26 05:38 x
★僕がコンテンツを出すときは、
とにかく念入りに、裏打ちや整合性に気を配るようにしています。

ですが、テキストの分量的に、
それら全部について証拠シーンを列挙していくと大変なことになるため、
あの程度に留めるようにしております。


僕自身も これからは、
比較的新しいファンの方々にも分かりやすいよう、
さらに情報を盛りこむようにしますので、

なまさんも、疑問を持たれたときに、
「ふきさんは個人的に こう考えているようだが…」とお思いになられる前に、
「実はふきさん個人の意見ではなく、すでに原作で描かれているのでは?」
と、一度ご確認をいただければと思います。


僕が自信を持って発信しているときは、
(「僕はこう思います」 といった表記が無いときは)

『原作に、明確な証拠となるシーンや描写がある』
場合がほとんどだからです。(^^




これからも お互い、ヨコハマの不思議について
意見をすり合わせていける間柄でいてくだされば、うれしいです。

今後とも、よろしくお願いをいたします。<(_ _)>
Commented by namatee_namatee at 2015-05-26 22:08
>ふきさま
いろいろ考えて書いてみたんですけど、まとまりが悪いのでシンプルにいきます。w

客観と主観の問題について、これはいずれ機会を見てお返事させていただきたいと思います。おおげさにいうとわたくしの私怨とか嫌悪とか、まさに主観にかかわる事柄でもあります。ただ、ご配慮いただいたことに感謝いたします。

>「新・Aタイプの歴史」 と 「アルファ室長とターポン (暫定)」の件
こちらについては、ふきさんは心配し過ぎのような。特にミスだとは思えません。別なレスに書きました通り、定説の中でもわたくしには完全に理解・納得していないものがあり、それが質問の今さら感の下地にあるのでしょう。ただ、質問してお尋ねしたかっただけで、ふきさんの主観を見せられたとは思ってません。その点については間違いはないです。

考察を主とするサイトとこのようななんでもありのブログでは、記事のもつ性格は違うと考えております。ふきさんのサイトのコンテンツはその点に配慮されたものだと了解しております。
といったわけですので、ご心配は無用です。もちろん、今後ともよろしく御願いいたします。
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